トフルゼミナール|大学受験、AO推薦|国内受験部門のトップページ
トフルゼミナール|大学受験、AO推薦|国内受験部門のトップページ
トフルゼミナール|大学受験、AO推薦|国内受験部門のトップページ
トップ学習参考書 >「知」へのブックガイド
トフルゼミナールの学習参考書

「英語を学ぶと同時に、現代人として生きる上での教養を身につけることができる単語集」というコンセプトのもとに制作された『「知」への英単語』ですが、刊行以降たくさんの反響をお寄せいただきました。中でも多かったコメントは、学びを深めるために付した読書案内が12冊では物足りない、もっと勉強したいというものでした。そこでこのサイトでは、『「知」へのブックガイド』と題して、さらに教養を高めるための本を経済、政治哲学、社会、外交・安全保障、歴史、自然科学の6つのジャンルから、30回の連載で紹介することにいたしました。いずれも、さまざまな議論の際に役立つ国際標準の教養が身につくものです。皆さまの学習のご参考にしていただければ幸いです。

――星 飛雄馬

連載第15回/全30回(2021.1.22)
ジャンル:社会
『啓蒙思想2.0』ジョセフ・ヒース著/NTT出版

 近年、中国やロシアといった権威主義体制の国家に対し、アメリカをはじめとした民主主義国家は警戒感を強めている。だが、民主主義の国の代表のように見られるアメリカにおいても、国内に問題が山積している。人種差別問題への抗議のデモや集会は、毎日のように続いている。ネットに目を向けてみれば、真偽不明のフェイクニュースが溢れ、何が正しいことなのか見極めることが非常に困難になっている。

 本書の著者、ジョセフ・ヒースは今日の政治が抱える問題を克服するために、古代アテネに立ち戻って考えることを提案する。民主主義が発明されたといわれる古代アテネにおいても、それに懐疑的な立場の論者は多くいた。ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった古代アテネの偉大な哲学者たちは皆、民主主義体制に強く反対をしていた。彼らは民主主義体制が抱える不安定さを、その段階で既に見抜いていたのだ。

 プラトンら哲学者が警戒していたのは、民主主義に付き物のデマゴーグの存在である。デマゴーグは無知な大衆の弱さにつけこみ、嘘の情報や陰謀論によって恐怖、怒り、偏見といった感情を煽り、間違った政策へと人々を扇動していく。民主主義はこうしたデマゴーグにとって有利な制度であり、彼らを抑止する抜本的な手段も存在しないため、哲学者たちは民主主義に反対したのである。

 このように、民主主義とはそのシステムに致命的な脆弱性を抱えたものである。そしてさらに、21世紀になって世界中に普及したインターネットが、これまで以上にデマゴーグに活躍の場を与えている。ヒースは、blogが流行していた時代はまだよかったという。SNSの登場が、フェイクニュースや陰謀論の拡散に決定的な影響を与えた。断片的な情報の拡散に有利なSNSは、blogのように長い文章を読み、熟慮する人々をネット上から駆逐してしまったのである。

 ヒースは陰謀論の典型として『シオン賢者の議定書』を紹介している。『シオン賢者の議定書』は、1903年に発表された反ユダヤ主義の小冊子である。その内容は荒唐無稽で、ユダヤ人たちが世界征服の陰謀を密かに企てているというものである。『シオン賢者の議定書』は、1921年の段階でイギリスの『タイムズ』紙の記事によって、まったくの捏造であることが暴露された。だが、驚くべきことにほとんどの人々はその記事を信じず、ユダヤ人による世界征服の陰謀論は拡散を続けた。そして、それはやがてナチスによるユダヤ人の虐殺を招くのである。

 現代はインターネットがあるため、『シオン賢者の議定書』が広まった時代と比べ、陰謀論はより速く、広く拡散するようになっている。このままでは、民主主義は陰謀論とフェイクニュースの氾濫によって、衰退していってしまうだろう。私たちに、この危機を乗り越える解決策はあるのだろうか?

 ヒースは民主主義を復活させるには、私たちのコミュニケーションを今よりゆっくりとしたものにする必要があると考え、「スロー・ポリティクス」という概念を提唱している。ネットで見た情報に脊髄反射的に反応して拡散するのではなく、一旦停止し、情報を吟味することが大切だ。ネットで流れてきた情報をファクトチェックし、真偽を見極めることを習慣化すれば、陰謀論の拡散に加担してしまうこともなくなる。

 これまで、私たちの政治的なコミュニケーションは加速を続け、今ではすっかり「ファスト・ポリティクス」が主流になってしまった。だが、そうした加速化したコミュニケーションには、本来必要な相互理解や、熟慮といったものが存在しない。今こそ私たちは、従来のファスト・ポリティクスを乗り越え、スロー・ポリティクスへと移行することが求められているのである。

英語ゼミ形式で覚えるはじめての教養英単語
「知」への英単語
著者 星 飛雄馬
価格 2,420円(税込)
連載第14回/全30回(2021.1.15)
ジャンル:政治経済
『いまこそロールズに学べ』仲正昌樹著/春秋社

 2010年、アメリカの政治哲学者マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』が60万部を超えるベストセラーとなり、世間では大きな話題となった。難解な哲学の本がこれだけ売れるのは、異例中の異例のことである。

 これだけ大きな話題となったのは、同時期にサンデルがNHKのテレビ番組に出演していたことにも影響されているだろうが、同時に「正義論」という日本人にはなじみの薄いテーマが主題となっていたことにも一因があるだろう。本書の著者の仲正は、日本人とアメリカ人では、「正義」という言葉の使い方が大きく異なると指摘する。

 日本で正義という言葉が使われる場合、月光仮面のような「正義の味方」を連想することが多いだろう。そうした正義の味方は自分の力を行使する際、いちいちそれが客観的にみて正しいか、法律に則っているかなどということは検討しない。ただ、主観的に自分が正しいと信じる価値観に基づいて行動をするだけである。

 それに対して、英語のjusticeという単語には、正義という意味のみならず、「司法」「公正」といった意味がある。ただ主観的に自分が正しいと思ったことを行うのは、アメリカでは正義とは考えられない。そうではなくスポーツなどの審判がするように、物事を公平かつ公正に取り扱うことを、アメリカでは正義と言うのである。「公正さ」こそが、正義の基盤なのだ。

 だが、そう言っただけではまだ抽象的で、何が具体的に正義なのかがよく分からない。そこで、アメリカの哲学者ジョン・ロールズは正義を2つの原理に定式化した。

 まず、正義の第一原理では、人々に基本的自由が平等に保障される。これは、日本国憲法における「基本的人権」に通じる概念である。ロールズは、保障されるべき「基本的諸自由」を、具体的にリスト化している。①「政治的自由」(投票権や公職就任権)、②「言論及び集会の自由」、③「良心の自由」と「思想の自由」、④心理的圧迫と身体への暴行からの自由を含む人身の自由、⑤「個人的財産を保有する権利」、⑥法の支配の概念によって限定される「恣意的な逮捕・押収からの自由」。正義の二原理では、第一原理が第二原理に優先するので、これらの自由が保障されることが、ロールズの考える民主主義の最低条件ということになる。

 正義の第二原理では、こうした諸自由が保障された上で、社会的にどこまで経済的不平等が許容されるかが問われることになる。私たちに許容される格差の程度を決めることは難しい。完全に市場の原理にまかせ、自由放任主義的な経済政策を採用するケースから、徹底した結果の平等を志向する政策まで、その振れ幅には大きなものがある。

 そこでロールズが正義の第二原理として提案したのが「格差原理」である。格差原理とは、人々が持って生まれた不平等や格差を、一定の範囲内に収めることを目指す原理である。ロールズは、格差とは社会の中で最も不遇な人たちの権利を改善させる限りにおいてのみ許されると考える。言い換えるなら、最も不遇な人たちの福祉を向上させないような種類の格差は認められないということになる。

 こうしたロールズの考えに対しては、リバタリアニズム、コミュニタリアニズムといったさまざまな立場から批判が寄せられている。そうした批判の中には鋭いものもあり、ロールズ自身も寄せられた批判に応じて、自身の議論に修正を図っている。しかしながら、現代の正義論を考えるうえで、ロールズの提示した正義の二原理は、あらゆる議論の原点となるものである。正義論に関心があるのなら、批判するにせよ支持するにせよ、一度はロールズの著書を紐解いてみる必要があるだろう。

連載第13回/全30回(2021.1.7)
ジャンル:経済
『日本史に学ぶマネーの論理』飯田泰之著/PHP研究所

 現代の国家と異なり、江戸時代、幕府はその天領(直轄地)からしか年貢を取り立てることができなかった。江戸後期、全国の石高は3000万石ほどだったが、そのうち天領の石高はわずか400万石程度に過ぎない。そうしたわずかな歳入で、江戸幕府はいかにして全国を統治することができたのか? そのメカニズムを解き明かしたのが本書である。

 開幕当初の江戸幕府の歳入は潤沢なものであった。16世紀以降、日本では多くの鉱山が開発され、金・銀・銅といった貴金属の生産量は飛躍的に向上していた。それらの鉱山は、すべて幕府の直轄であり、そこから得られる利益は皆、幕府のものとなった。こうした豊富な鉱物資源という裏打ちがあったため、幕府はわずかな年貢収入しかないながら、全国統治が可能となったのである。

 だが、三代将軍家光の時代以降、鉱山収入は減少に転じる。鉱物資源には限りがあるため、採りつくしてしまえば、それ以上の収入は見込めない。幕府は何とかして鉱山開発ができないかと試行錯誤するが、日本で再び金や銀の生産量が増大するには、昭和初期まで待たなければならなかった。

 鉱山収入の減少によって、幕府の財政は17世紀半ばには赤字に転落した。五代将軍綱吉の時代になると、幕府の歳入は年120万両だったのに対し、歳出は約130万両となってしまった。年にして約10万両の赤字である。幕府の財政は深刻化の一途をたどっていた。ここに至って、幕府は抜本的な財政改革を行うことになる。それが貨幣の改鋳である。

 この貨幣の改鋳を指揮したのが、勘定頭差添役の荻原重秀である。それまで江戸市中に流通していた慶長小判の金の含有率は約86%。そこで新しく元禄小判を改鋳し、その金の含有率を約57%とした。言い換えるなら、慶長小判2枚から元禄小判が3枚鋳造できることになる。こうして幕府は莫大な額の貨幣発行益を得ることになり、荻原重秀は江戸幕府の財政再建に成功した。

 華々しい成果を上げた荻原重秀の貨幣改鋳だが、このように貨幣の発行量を増やすことによって経済が良くなるなどとは、信じられないという人も多いかもしれない。また、急激に貨幣の発行量を増やせば、インフレーションを起こすのではないかという疑念を持つ人もいるだろう。結果から言えば、元禄の改鋳によって、急激なインフレは起きなかった。インフレ率は平均して年率3%程度の上昇に留まり、市民生活に混乱は生じなかった。現代のマクロ経済政策における望ましいインフレ率は、年率2%程度と考えられている。元禄の改鋳は世間にマイルドなインフレをもたらし、江戸の社会はこれまでにない繁栄の時代を迎えることとなった。

 元禄の改鋳の成功に気をよくした幕府は、再度の改鋳を試みることを決めた。それが宝永の改鋳である。だが、今度は元禄期のようにうまくはいかなかった。1710年代に入ると、急激なインフレが生じるようになったのである。飢饉や天災によって財やサービスの供給が限られているところで貨幣の発行量を増やしてしまったのが、大幅なインフレが起きた原因である。江戸の経済は大混乱に陥り、宝永の改鋳は失敗した。

 現代でも、減税などの分かりやすいメッセージを含む財政政策への期待は大きいが、貨幣の量をコントロールする金融政策への国民の理解は乏しいようである。だが、江戸時代の経済史を改めて見てみても、金融政策の果たす役割が極めて大きいことがわかる。本書は一般の読者向けに、日本の古代から近世までの経済史を分かりやすく解説している。現代の日本がとるべき経済政策を考えるうえでも、ぜひ参考にしたい一冊である。

連載第12回/全30回(2020.12.25)
ジャンル:自然科学
『宇宙と宇宙をつなぐ数学』加藤文元著/KADOKAWA

 2020年4月、世界の数学界に衝撃が走った。京都大学教授の望月新一による宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論の論文が、専門誌に受理されたというのである。IUT理論を用いれば、数学の大難問と言われるABC予想の解決も可能となる。そのため、このニュースは世界中で大きな話題となったのだ。

 世界的に注目を集めるIUT理論だが、こうして無事専門誌に論文が受理されるまでには、長い道のりがあった。最初に望月がIUT理論の論文を発表したのは2012年。この論文の査読には、実に8年もの歳月がかかったことになる。

 これほど異例の査読期間がかかったのには、さまざまな理由がある。まずは、望月論文の桁外れな長さがその理由の一つとして挙げられるだろう。数学の論文は、通常ならせいぜい数ページから数十ページ程度のもの。それが、この論文では500ページを超えるというのだから桁違いである。

 無論、ただボリュームがあるだけであれば、多少時間をかければ、それを読み解くことができる数学者は多いだろう。だが、このIUT理論は極めて斬新な理論である。従来の数学とは、まったく視点や概念が異なるものだ。それを正しく理解するには、新しい数学の分野を一から学ぶような忍耐を要する。こうした背景が、査読に極めて長い時間がかかった一因と言えるだろう。

 かつてフェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズは、7年間自分がその問題に取り組んでいることを誰にも話さず、秘密を守りながら証明を完成させた。そのため、IUT理論もそうした秘密主義のもとに研究されていたと想像しがちだが、本書を読めばそうした事実はまったくなかったことがよくわかる。ワイルズと異なり、IUT理論を構築した望月は極めてオープンな性格で、誰にでもアクセスできる形で研究を公開してきた。もちろん、極めて難解な理論のため、それを理解するには本人から詳細なレクチャーを受けることが欠かせない。本書の著者の加藤は望月の友人であり、研究仲間としてIUT理論が生まれる現場に共にいた人物である。数学の啓蒙書の著書も多く、一般向けのIUT理論の解説書の著者として、彼以上の適任者はいないであろう。

 ただ、そこまで一般向けにやさしく、かつ明晰に解説をしたとしても、IUT理論が極めて難解な理論であることは変わりない。まず、宇宙際(Inter-universal)という名称自体、極めて独特である。私たちは国際(international)という言葉なら頻繁に使うが、宇宙際とは一体どのようなものだろうか?

 突然宇宙という言葉が出てくると、SFのパラレルワールドのようなものを想像してしまうが、宇宙際とはそのようなものを意味する言葉ではない。加藤によればIUT理論における「宇宙」という言葉は、「数学一式の舞台」のことだという。国内だけにとどまらず、いろいろな国を行き来することを「国際」というように、複数の「数学一式の舞台」を自由に行き来することにより、一つの数学的宇宙に閉じこもっていただけでは解けないような問題が解決できるようになるところに、IUT理論の独創性があるのだ。

 だが、このように説明を重ねてみても、最先端の数学が話題となっているため、理解しがたい部分があることも事実だろう。そこで本書の理解を助ける心強い味方となるのが、ネット上にアップされている動画コンテンツだ。本書の内容は、2017年10月に行われた数学イベント「MATH POWER 2017」における講演がもととなっているが、その講演の内容がYouTubeに公開されている。【☆注:1】また、出版社による加藤への詳細なインタビュー動画も同様に公開されている。【☆注:2】こうした動画コンテンツも併用し、理解を深めることができるのが本書の強みである。

【☆注:1】abc Conjecture and New Mathematics
https://www.youtube.com/watch?v=fNS7N04DLAQ

【☆注:2】『宇宙と宇宙をつなぐ数学』加藤文元先生インタビュー 第1回「IUT理論の現在地」
https://www.youtube.com/watch?v=pNotF9QaNKM

連載第11回/全30回(2020.12.18)
ジャンル:外交・安全保障
『地政学入門』曽村保信著/中央公論新社

 最近、書店へ行くとタイトルに「地政学」とついた書籍をよく目にする。世間ではちょっとした地政学ブームのようだ。

 だが、その一方で、大学には地政学と名のついた学部は無いし、テレビなどで地政学の専門家を目にすることもない。一体、地政学とはどのような学問なのだろうか?

 本書は、そうした疑問に明快な答えを与えるものである。地政学の成り立ちから、その発展の歴史、そして現在までが本書の中に網羅されている。

 地政学の事実上の創始者は、イギリスの地理学者、H・J・マッキンダーである。マッキンダーは1861年、イギリスのリンカーンシャーで生まれた。マッキンダー自身は地政学という用語を使わなかったが、1904年に彼が英国の王立地理学協会で行った「歴史の地理学的な回転軸」という講演が、世の中に地政学的な考えを広めた画期だったと考えられている。

 では、マッキンダーの説いた地政学とは、どのようなものだったのだろうか? マッキンダーは第一次世界大戦を、ランド・パワー(大陸勢力)の国家と、シー・パワー(海洋勢力)の国家の闘争と捉えた。そして、この戦争においては、ランド・パワーの国家とは、具体的にはドイツを、そしてシー・パワーの国家とはイギリス、アメリカ、日本といった国々が想定されていた。

 ランド・パワーの国家にとって何より重要なのは、ユーラシア大陸の心臓部(ハートランド)を制することである。ハートランドとは、具体的には今日の東欧の地域を指す。元々地理学者だったマッキンダーは、ランド・パワーの国家にとっては、当時の交通の要衝であった東欧を制することが、死活問題となることを見抜いたのだ。

 このマッキンダーによるハートランドの理論を継承したのが、ドイツの地政学者、カール・ハウスホーファーである。1869年にミュンヘンで生まれたハウスホーファーは、軍人(陸軍少将)でありながら、ミュンヘン大学教授としても活躍した人物だ。

 そんなハウスホーファーにとって転機となったのが、アドルフ・ヒトラーとの出会いであった。ナチスの副党首ルドルフ・ヘスが、第一次大戦中にハウスホーファーの副官だったことが縁となり、ハウスホーファーはミュンヘン一揆の失敗により収監されていたヒトラーと面会することになる。

 ハウスホーファーからハートランドの理論を聞いたヒトラーは、地政学に傾倒するようになっていった。収監中に書かれた彼の著書『我が闘争』を読むと、その影響がよくわかる。東欧を制することが、世界を制することにつながると確信したヒトラーは、やがて実際に東欧の国々へと侵攻していった。

 ハウスホーファー自身はナチス党員ではなく、1944年には彼の妻がユダヤ系だったことから、夫婦で強制収容所に収監されている。そして、ハウスホーファーは終戦翌年の1946年に自殺した。だが、そうした背景にもかかわらず、地政学はナチスの侵略を正当化するイデオロギーとなってしまったことから、戦後は顧みられることのない学問となっていった。

 こうして現在では学問の世界から姿を消してしまった地政学だが、その戦略的思考は国際政治学や国際関係学といった分野の中に息づいている。国際政治学の中では、勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を重視するリアリズムの立場が地政学を継承していると言えるだろう。国際情勢が混迷を極めるなかで、地球全体を一つのものとして、戦略的に捉えるという地政学の考え方は、益々重要なものとなっていくことは間違いない。

連載第10回/全30回(2020.12.11)
ジャンル:歴史
『世界史の誕生』岡田英弘著/筑摩書房

 歴史とは、私たちの世界観を形作るものである。今日では、世界中の国々でさまざまな歴史観が共有されているが、それらには大きく分けて2つの源流がある。1つはヘーロドトスの『歴史』に源を持つヨーロッパの歴史観。もう1つは、司馬遷の『史記』に源を持つアジアの歴史観である。

 ヨーロッパの歴史観の特徴は、宿命的なアジアとの対決と、それからの勝利が主題とされることにある。ヘーロドトスの『歴史』は、全世界を支配するほどの強大な力を持つペルシアに、弱小のギリシア人たちが戦いを挑み、最後に奇跡的に勝利をするという物語である。これが、その後のヨーロッパの歴史観を形作ることになっていった。

 ヘーロドトスの『歴史』と並んでヨーロッパ人の世界観を形作ったのが、「ヨハネの黙示録」である。ヨハネの黙示録は聖書の他の福音書のトーンとは非常に異なっており、善の原理と悪の原理(サタン)の戦いという二元論が主題となっている。本書の著者の岡田は、ヨハネの黙示録のこうした主題の背景に、ゾロアスター教からの影響を見ている。善と悪の戦い、そして善の最終的な勝利という構図が、ヨハネの黙示録と極めて類似しているというのだ。こうした善悪二元論の考え方は、ヨーロッパには根強いものであり、近代におけるマルクス主義もその亜流である。

 では、司馬遷の『史記』に連なる中国の歴史観とは、どのようなものだろうか? 中国の歴史観はヨーロッパのように外敵との闘い、二元論といったものが主題ではなく、各王朝における皇帝の歴史とその正統性を記述するものである。

 戦乱や下剋上が日常で、その合間にわずかな平和が実現する中国では、統治者の正統性にひときわ関心が集まる。後漢の時代(156年)、5000万人もの人口を誇り、繁栄を極めた中国も、184年に黄巾の乱が起こると、大混乱に陥ることになる。黄巾の乱と、それにうち続く内戦によって、中国の人口はなんと5000万人台から400万人台まで激減してしまう。これほどの人口の急激な減少は、人類の歴史上ほとんど例のない出来事である。

 この中国史上における一大事であった黄巾の乱だが、その終末論的世界観もゾロアスター教の影響であると岡田は指摘する。14世紀に紅巾の乱を起こし、元を打倒した白蓮教もゾロアスター教系である。ゾロアスター教が世界史に与えた影響には、根深いものがある。

 壊滅の危機にあった中国を再び統一し、一つの国家にまとめ上げたのが、遊牧騎馬民族である鮮卑系の李世民であった。唐を建国し、太宗となった李世民は、630年に東トルコ帝国を打ち滅ぼす。こうして李世民は草原の遊牧民たちに対しては天可汗(テングリ・カガン)として、唐においては皇帝として君臨することになる。ユーラシア大陸の東と中央の覇者が、こうしてつながったのである。

 唐の時代から強まっていった遊牧民の台頭は、13世紀のチンギス・ハーンの登場によってピークを迎える。シルクロードなどを通じてわずかな交流はあったものの、12世紀までの世界では、アジアとヨーロッパの交流はほとんどなかった。それが、13世紀のモンゴル帝国の出現によって、それまでになかった単一の「世界史」が初めて生み出されたというのが、本書における岡田の主張である。

 ヨーロッパ中心史観の西洋史でもなく、アジア中心史観の東洋史でもない、まったく新しい形の遊牧民を中心とした世界史。それが本書の魅力である。本書を読むことを通じて、これまで見たこともないような、新しい歴史の見方をぜひ楽しんでいただきたい。

連載第9回/全30回(2020.11.27)
ジャンル:社会
『社会はなぜ左と右にわかれるのか』ジョナサン・ハイト著/紀伊國屋書店

 リベラルの凋落が指摘されて久しい。本書のデータによれば、2011年の時点で、アメリカで保守を自認する人々は全体の41%、それに対しリベラルを自認する人々は21%であり、保守の半分程度しかいない。日本においても、ここ30年、ほとんど与党の地位にあったのは保守政党であり、リベラル政党が政権についていた期間は短い。

 本来なら、社会の自由と平等を推進しようとするリベラルの立場に、もっと人気が集まってもよさそうなものである。なぜそうならないのだろうか? この難問に挑んだのが、本書の著者、ジョナサン・ハイトである。

 心理学者であるハイトは、まず人間の心のメカニズムを分析する。人間の心は、理性と情動(感情)という2つの部分に分けることができる。古来より、理性と情動の関係については、3つの異なる立場があった。まず、プラトンは理性と情動の関係においては、理性が優越すると考えた。理性が主人の立場であり、情動は召使の立場にすぎないとプラトンは指摘する。それと正反対なのが、イギリスの哲学者、デイヴィッド・ヒュームの考えである。ヒュームは主人の立場にあるのは情動であり、理性はそれに従属するものにすぎないと主張した。そして、それらの考えに対し、理性と情動とは平等な関係にあると考えたのが、アメリカのトーマス・ジェファーソンである。

 ハイトは、さまざまな心理学的実験の結果、ヒュームの意見が正しいと結論付ける。心は、乗り手(理性にコントロールされたプロセス)と象(自動的なプロセス)の二つの部分に分かれるが、このうち、主導権を握るのは象の部分なのである。

 私たちは何か物事に出会うと、まず感情で判断し、しかる後、理性的に物事を考える。ここから得られる教訓は、もし何か政治的な見解について他人の意見を変えたいのなら、まずは相手の感情に働きかけるべきということである。いきなり相手の理性に働きかけても、ほとんどの場合、その試みは失敗するだろう。

 これらの心理学的な知見を基にして、ハイトはさらに考察を進める。アメリカでは、経済的弱者にやさしい政策を推進しているのは、民主党である。だが、それにもかかわらず、貧困層には共和党支持者が多い。その理由についてリベラルは、共和党は貧困層をだまして、自らの党に投票するように誘導しているのだと主張している。だが、本当は地方や労働者階級の有権者は、経済的利害ではなく、道徳的基盤にしたがって投票しているのである。

 道徳は、理性よりむしろ情動の部分に属する心の働きである。ハイトは普遍的な道徳の基盤を、<ケア/危害>、<公正/欺瞞>、<忠誠/背信>、<権威/転覆>、<神聖/堕落>、<自由/抑圧>という6つのものに分類した。そして、民主党は<ケア>、<公正>、<自由>といった3つの道徳的価値のみを重んじるが、共和党は6つの道徳的基盤すべてにアピールする戦略を取っているため、より多くの有権者の支持を得ることができていると分析する。

 保守が重んじる<権威>、<神聖>といった価値観は、リベラルからはナンセンスに見えるかもしれない。だが、ハイトはそうした一見非合理に見える価値観も、人間の心に集団志向性が含まれることを理解すれば、見え方が変わってくると指摘する。宗教のように非合理的に見えるものであっても、それを通じて集団が団結できるのなら、他集団との競争に役に立つ。そうして集団間の競争に打ち勝ってきた遺伝子が、今日私たちの中に眠っているというわけである。

 本書は600ページを超える大著だが、具体的な心理学的実験をベースに議論が進むため、強く引き込まれる。人間の心のメカニズムを理解したいと思っている方に、おすすめできる一冊だ。

連載第8回/全30回(2020.11.27)
ジャンル:政治哲学
『正義とは何か』神島裕子著/中央公論新社

 2010年、日本でハーバード大学のマイケル・サンデル教授による『これからの「正義」の話をしよう』が出版されると、たちまちベストセラーとなり、60万部を突破した。本が出版される直前に、NHKで「ハーバード白熱教室」というサンデルの番組が放映されていた影響も大きいとはいえ、難解な哲学の本にこれだけ注目が集まるというのは、異例のことである。

 ここまで政治哲学に関心が高まった背景として、冷戦崩壊以降、それまで自明視されてきた価値観が揺らぎ、世界が混とんとしてきたことが挙げられるだろう。自由主義陣営の西側諸国と社会主義体制の東側諸国という、比較的単純な対立の構造にあった世界は、今ではすっかり複雑なものとなってしまった。そんな中で、新しい正義の基準を知りたいと思った人々がサンデルの本を手に取ってみたであろうことは想像に難くない。

 本書の著者の神島は、サンデルを含めた現代正義論の系譜を、古典的リベラリズムに遡って説き起こす。古典的リベラリズムにおいて最も重要な人物は、イギリスの哲学者、ジョン・ロックである。ロックはその著書である『統治二論』の中で、私たちの「生命」「自由」「財産」といったものは、何者によっても侵されることのない人間の固有の権利であると主張した。

 ロックが説いたのは、基本的人権だけではない。宗教的寛容の大切さも、ロックは主張している。ヨーロッパに信教の自由という概念が生まれたのは、三十年戦争以降のことである。ロックの生きた時代には、まだ信教の自由は世間に浸透していなかったため、彼自身プロテスタントとして国王の迫害から逃れ、オランダに亡命している。ロックにとって宗教的寛容は他人事ではなかったのである。

 こうした古典的リベラリズムの立場を現代に受け継いでいるのが、リバタリアニズムだ。リバタリアニズムの代表的な思想家として挙げられるのは、ロバート・ノージックである。ノージックは古典的リベラリズムが重視した基本的人権や宗教的寛容を守るために、「最小国家」が必要であると説く。

 最小国家とは、私たちが一般にイメージする国家とは異なるものである。それは、私たちを他人からの暴力や盗みといった攻撃から守るためだけに存在する国家のことである。言い換えるなら、国家が保護してくれるのは、私たちの生命や財産の所有権のみである。今日ある国家の主要な機能である、税制度を通じた富の再配分などはノージックから見れば、不正であるとみなされる。個人の財産を、政府が恣意的かつ強制的に取り上げる権利など、存在しないというわけだ。

 再分配政策に否定的なリバタリアニズムと対照的なのが、現代的リベラリズムである。現代的リベラリズムの実質的な創始者は、ハーバード大学の哲学科でノージックと同僚だったジョン・ロールズである。

 ロールズは、誰にでも普遍的に保障された権利として、「正義の二原理」というものを説いた。このうち第一原理では、「基本的諸自由の平等」が主張される。基本的諸自由には、政治、言論、思想の自由や、生命や財産に対する所有権の保障が含まれる。この第一原理に関しては、リバタリアニズムとほとんど変わりがない。

 それに対して第二原理では、「できる限りの社会的・経済的な平等」が要求される。これには当然再分配政策も含まれるので、この点がリバタリアニズムと対立するわけである。

 政治哲学にはここで紹介したリバタリアニズム、リベラリズムといった立場以外にも、コミュニタリアニズムなどさまざまな立場がある。本書ではそれらの立場が丁寧に腑分けされ、適切な解説が施されている。現代正義論には、どのような考え方があるのか知りたいと思った際に、本書は格好のガイドとなるであろう。

連載第7回/全30回(2020.11.20)
ジャンル:経済
『世界が日本経済をうらやむ日』浜田宏一著・安達誠司著/幻冬舎

 「失われた30年」とも言われる長期の不況に喘ぐ日本。このような状況になってしまった原因にはさまざまなものがあるが、中でも深刻なものとして、世間に間違った経済の知識がはびこってしまっていることがあるだろう。本書は、内閣官房参与の浜田宏一と日銀審議委員の安達誠司が、そうした俗流の間違った経済の知識を正すために執筆したものである。

 本書でまず間違った経済論の筆頭に挙げられているのが、日本総合研究所の藻谷浩介による、「人口減少デフレ説」である。デフレでは経済の状況はよくならない。それならば、日本経済の長期停滞の主因をデフレに求めるのは正しいように思えるが、人口減少デフレ説の一体何が問題なのだろうか。

 藻谷らの主張はこうである。日本経済の長期停滞の原因はデフレにある。そして、日本のデフレは、少子高齢化による生産年齢人口の減少によって引き起こされていると考えるのである。

 生産年齢人口とは、15~65歳未満の現役世代の人口のことである。生産年齢人口の減少とは、すなわち、現役世代の人口が減っているということを意味している。日本人の人口の中で現役世代が減少すれば、消費活動は低調となる。それゆえ、物が売れなくなった企業は価格を下げざるを得ず、物価の下落が生じるというのだ。

 浜田は、こうした藻谷の主張はまったくの間違いであると指摘する。それは、きちんとデータを確認してみればよく分かる。生産年齢人口の増加率を確認してみると、日本は-0.9%である(2007年~2012年平均)。それに対し、日本よりも生産年齢人口の増加率が低いのは、ラトビア(-2.6%)、リトアニア(-2.3%)、ブルガリア(-1.4%)の三か国である。

 それでは、藻谷の主張するように、これらの国は日本よりもひどいデフレに陥っているのであろうか? 再度、データから確認してみよう。日本のインフレ率は-0.2%(2007年~2012年平均)。対してラトビアは4.9%、リトアニア(4.8%)、ブルガリア(4.9%)となっている。なんと、日本以外のどの国も、デフレになどなっていないのだ。

 もし、藻谷の主張するように、人口減少がデフレの原因であるのなら、これらの三か国もデフレになっていなければおかしい。だが、現実はどの国もインフレなのだ。ここから分かることは、人口減少とデフレの間には、何の因果関係も無いということである。

 人口減少デフレ説のような、何の根拠もない話でも、誰も顧みるものがいないのなら安心だ。しかしながら、藻谷の著書はベストセラーとなっており、その主張は世間の多くの人々に受け入れられている。そのうえ、さらに問題なことに、日銀の白川方明前総裁までが、藻谷の考えの支持者だった。これでは、日本人の間に間違った経済知識がはびこってもおかしくない。

 デフレを脱却するのに必要な経済政策は、人口増加ではない。世界的に標準のマクロ経済政策は、金融政策と財政政策である。不況時には特に需要が不足してしまうため、財政政策として減税と公共投資を行うのが経済政策の王道である。

 だが、そうした財政政策も、適切な金融政策無しには十分な効果を発揮しない。財政政策のみで金融政策が伴わなければ、過度な円高を招いてしまい、輸出産業に大きなダメージを与えてしまうのだ。

 本書を読めば、このように何が正しく、何が間違った経済政策なのかが分かるようになる。社会人に必須の教養を身に着けるためにも、ぜひおすすめの一冊だ。

連載第6回/全30回(2020.11.13)
ジャンル:政治哲学
『保守主義とは何か』宇野重規著/中央公論新社

 1991年のソビエト連邦の崩壊以降、左派思想の凋落が激しい。また、近年では中国が権威主義体制を強め、周辺諸国の警戒が高まっている。

 そうした左派思想の退潮とは対照的に、近年注目を集めている思想が保守主義である。最近人気のYouTubeでも、保守を標榜したチャンネルは人気である。

 だが、その一方で、「保守主義とは何か?」と尋ねられたら、明確に答えられる人は少ないのではないだろうか? 本書は、そうした素朴な問いに明確な答えを与えられるものとなっている。

 本書の著者である宇野は、保守主義とは、社会主義のように一貫した理論的体系を備えた思想ではないと指摘する。保守主義とは、自らの強固なドグマを構築するものというよりはむしろ、フランス革命や社会主義といったその時代ごとの過激思想に対抗するための思想だというのである。

 そうした対抗思想としての保守主義を、歴史上最初に提唱したのは、18世紀のイギリスの思想家、エドマンド・バークである。バークはその生涯を通じて、常に弱者の味方であった。アメリカ独立戦争の折には植民地側の立場を擁護し、インドでは東インド会社の不正を糾弾するなど、社会正義の追及がバークの一生のテーマだったのである。

 そのため、フランス革命がおこったとき、多くの人々はバークが革命を支持すると考えた。ところが、そうした人々の予想に反して、バークは革命に反対の立場をとった。それはなぜか?

 フランス革命は、度重なる増税に対して、人々の怒りが爆発したところから始まった。しかし、やがて革命運動が盛り上がると、革命の指導者たちは急進的かつ観念的になり、独裁政治を生み出した。革命運動の結果として、ロベスピエールによる恐怖政治が生み出されたのである。フランス革命による最終的な犠牲者は、200万人以上にも上ると言われている。

 バークはその著書である『フランス革命の省察』の中で、こうした革命の急進性や独善性を批判した。いくら自由や平等という理念を追求するためであっても、その権力が専制化してはならない。また、伝統というものは長年にわたる叡智の蓄積でもあるのだから、それを急激に破壊してしまうことは、危険を伴う行為なのである。

 こうした保守主義の真髄を、宇野はコンパクトに定義している。保守主義とは、「①具体的な制度や慣習を保守し、②そのような制度や慣習が歴史のなかで培われたものであることを重視するものであり、さらに、③自由を維持することを大切にし、④民主化を前提にしつつ、秩序ある漸進的改革を目指す」ものなのである。

 保守主義の敵は、フランス革命だけではない。上記の定義に従うなら、社会主義もまた、保守主義の敵である。フランス革命を徹底的に批判したバークと並び、社会主義に対する最も鋭い批判者は、経済学者のフリードリヒ・ハイエクであった。ハイエク自身は、自らを保守主義者と名乗ることはなかった。だが、自生的秩序を重んじ、一党独裁の共産党が全能の指導者のように振る舞うことは傲慢であり、思い上がりであると批判を続けたハイエクは、自らが意識せずして保守主義の最も優れた美質を備えた思想家であったと言えるだろう。

 ハイエクのように、自ら保守主義者を名乗らずとも、その思想の中に保守主義のエッセンスを含んだ思想家は数多い。本書の中で宇野は、そうした思想家の一人としてリバタリアンとして知られるロバート・ノージックの名を挙げている。ノージックもまた、ハイエクと並んで社会主義を嫌悪し続けた思想家だ。

 これだけ多様な角度から「保守」を取り上げながら、本書の記述は極めて平易である。保守主義の入門書として、確実におすすめのできる一冊である。

連載第5回/全30回(2020.11.6)
ジャンル:経済
『そして日本経済が世界の希望になる』ポール・クルーグマン著/PHP研究所

 経済学に関心のある方で、ポール・クルーグマンの名前を知らない人は少ないだろう。ノーベル経済学賞受賞者にして、ベストセラーとなった経済学教科書の著者でもあるクルーグマンは、長年ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストも務め、アメリカ政府の経済政策にも大きな影響を与える存在である。

 本書は翻訳者の大野和基によるクルーグマンへのロングインタビューをまとめたものであり、日本語オリジナルの企画である。クルーグマンの著書はたくさんあるが、その中でも本書は口述のため読みやすく、日本政府の経済政策に対する言及も多いため、初めてクルーグマンの本を読む読者におすすめできる一冊と言える。

 アベノミクスが発表されたとき、日本では多くの識者がこのような政策は成功しないと、否定的な意見を述べた。クルーグマンは、こうした考えはナンセンスであると一蹴する。アベノミクスとは、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」から成る政策パッケージである。経済学の教科書を紐解いてみれば、どの教科書にも間違いなくマクロ経済政策とは、金融政策と財政政策の二つから成り立っていることが書いてある。つまり、アベノミクスとは経済学的にみて、当たり前の経済政策を主張しているものなのだ。

 それではなぜ、私たちはアベノミクスによって、経済がよくなったと実感できないのだろうか? その原因は、2014年と2019年の二度にわたる消費税の引き上げにある。本来、不況期にあっては、財政政策として減税をおこなうというのが、経済政策の常道である。減税をすべき時期に増税してしまったのだから、景気が改善しないのは当然のことである。

 本書が刊行されたのは、消費税増税の前の2013年である。当時、IMFやOECDはしきりに日本に対し消費税を増税するよう勧告していた。クルーグマンは本書の中でそれらの提言はまったくの間違いであり、日本はこのような勧告にしたがってはならないと警告していた。だが、結果としてクルーグマンのアドバイスは活かされず、アベノミクスは当初想定していたほどの効果を上げることができなかった。

 しかしながら、なぜ減税をするのが当然な局面で、IMFやOECDといった国際機関は日本に増税を勧告したのだろうか。実のところ、IMFが当時緊縮政策を推進していたのは、日本だけではなかった。2010年以降、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルといったEU各国で緊縮政策は実行され、各国の経済は徹底的に破壊されてしまった。

 こうしたIMFの緊縮政策の理論的根拠となったのが、ハーバード大学教授のカーメン・ラインハートとケネス・ロゴフの論文である。ロゴフらは「政府債務のGDP比率が90%を超えると、その国の経済成長が大きく停滞する」とその論文で主張した。彼らの論文を後ろ盾としてIMFはEUで緊縮政策を実行したが、のちになって何とこれはエクセルのマクロの間違いによる集計ミスであることが発覚した。彼らの説には、何の根拠もなかったのである。

 そうした事実があるにも関わらず、日本では消費税5%から10%への大増税が安倍政権で実施されてしまった。だが、もはや緊縮政策にはいかなる理論的根拠もないことが、ロゴフらの論文の間違いから分かっている。間違った経済政策を改めるのに、遅すぎるということはない。一日も早く緊縮政策を改め、消費税減税へと舵を切ることが大切だ。

 そして、財政政策を正しく実行することと同じくらい大事なのが、金融政策だ。本書の中でクルーグマンが主張するように、金融政策と財政政策の双方が正しく実行されてこそ、日本の不況からの脱出は可能となるのである。

連載第4回/全30回(2020.10.30)
ジャンル:外交・安全保障
『日米同盟のリアリズム』小川和久著/文藝春秋

 アメリカでジョン・ボルトン前大統領補佐官が回顧録を出版し、大きな話題となっている。この回顧録の中でボルトンは、トランプ大統領が日本に対し、在日アメリカ軍の駐留経費の日本側の負担を現在の約4倍にあたる80億ドルに増額することを要求したと暴露した。日本政府はこれまで、このような要求があったことを否定する声明を出してきたが、ボルトンの告白は、実際にそのような要求が存在したことを裏付けるものとなった。

 もともとトランプ大統領は大統領選挙運動の段階から、自分が大統領になったら、駐留米軍経費の大幅な増額を日本に要求することを明言していた。そして、その勧告に日本が従わなかった場合、米軍を撤退させることまで示唆したのである。

 本当に、在日米軍が撤退してしまうことなど、あり得るのだろうか? 本書の著者の小川は、そのようなことは絶対にあり得ないと明言する。トランプ大統領は選挙公約ということもあり、そのような要求をする可能性はあるかもしれないが、日米間の軍事常識に照らし合わせて、在日米軍の撤退などということは実現不可能だというのである。

 このような小川の主張は本当だろうか? アメリカの実際の行動と照らし合わせてみると、その正否がよく分かる。2017年2月、トランプ政権の閣僚として初めて、ジェームズ・マティス長官が来日した。安倍首相や稲田防衛大臣と会談したマティス長官だが、彼は決してトランプ大統領が主張するような、駐留米軍経費の大幅な増額を日本に要求することはなかった。そして、会談後の記者会見では、日本の駐留米軍経費負担は他国が見習うべき手本だとまで述べた。

 こうしたマティス長官の発言は、決して個人的意見やリップサービスの類ではないことが、データを見るとよく分かる。アメリカの同盟国の経費負担割合を確認してみると、日本が負担率はトップで74%となる(2002年度)。そして、それに対して負担率2位のイタリアでも41%、韓国が40%と続く。イギリスなどに至っては27%しか負担していないのである。

 このような現実を前にして、日本に更なる駐留米軍の経費負担を求めるのは、さすがに無理があるだろう。日本に更なる経費負担を求めることは不可能であると判断したアメリカは、他の同盟国に対し負担を求めていくように戦略を変更した。日本に来日後、NATOの国防長官会議に参加したマティス長官は、NATO加盟国にGDPの2%を目標値とする防衛費の増額を求めた。この基準を超えているNATO加盟国はわずか4ヵ国のみであり、この現実を踏まえると、日本にさらなる駐留米軍経費の負担を求めることが難しいことがよくわかる。

 データをきちんと確認してみれば、アメリカの同盟国の中で、日本が最重要の軍事的パートナーであることは明白だ。日本が負担しているのは、駐留米軍の経費だけではない。アメリカは、日本にトータルで1107万バーレルの燃料を軍事用に貯蔵している。かつてアメリカがフィリピンに持っていた軍事拠点である、スービック海軍基地の燃料貯蔵能力が240万バーレルであることを考えると、これがいかに大きな数字であるかが分かるだろう。

 日本がアメリカに提供しているのは、燃料貯蔵基地だけではない。普段あまり意識されていないことだが、アメリカの原子力空母ロナルド・レーガンの母港は、日本の横須賀である。アメリカの空母で海外を母港としているものは、これ以外無い。ロナルド・レーガンは日本を拠点としているからこそ、中国に対する抑止力として機能するのである。

 日本がアメリカの国防に寄与している点は、非常に大きい。まずは、この現実を正しく理解することが大切である。日米同盟における日本の重要性を理解してこそ、アメリカに対して日米地位協定の改善を要請することも可能となってくるのではないだろうか。

連載第3回/全30回(2020.10.23)
ジャンル:歴史
『中国化する日本 増補版』與那覇潤著/文藝春秋

 「歴史を学ぶ」といったとき、私たちはどんなことを想像するだろうか? 多くの人にとってそれは、大学受験のための日本史や世界史の勉強のことであったり、歴史小説などを通じて、過去の英雄たちの姿に触れることであったりするかもしれない。

 本書の著者である與那覇潤は、そうした形で私たちが触れる、通俗化された歴史の知識は、最先端の歴史学の知見からは程遠いものであることを指摘する。そして、本書を読めばそうした古い知識を最新のものにアップデートすることが可能であると断言する。

 一例を挙げてみよう。日本における武士の時代の始まりについてである。通俗的な理解では、一旦は絶大な権力を手に入れたものの、驕り高ぶり、貴族化してしまった平家を侍の魂を持った源氏が打ち滅ぼし、武士の時代を到来させたと考えられている。

 こうした考えは、まったくの間違いであるというのが、與那覇の意見である。平安時代、日本は農業と物々交換を主とした経済だった。そこで後白河法皇と平清盛は、対中貿易によって宋銭を日本に流入させ、日本に貨幣経済を確立しようとしたのであった。宋銭の存在によって利便性は高まり、経済は発展していく。平家の栄華は、こうした宋銭の輸入によって成り立っていたのである。

 だが、こうした革新勢力には、抵抗勢力がつきものである。宋銭の導入によって、経済のグローバリゼーション化を推し進める平家は、従来の荘園経営によって財を成していた貴族や、経済的な繁栄に乏しい関東圏の武士(源氏)たちの目の敵となる。そして、打倒平氏の旗印のもと団結した彼らによって、平家は滅ぼされてしまうのである。

 高校レベルの日本史の知識ならば、平家を滅ぼした源氏が、鎌倉時代という新しい世を作ったと考えても無理はない。だが、実際の歴史はまったく逆であった。貨幣経済を基として、日本を豊かな国、新しい国に作り変えようとしていたのはあくまで平氏であって、その平氏の邪魔をし、滅ぼしてしまった抵抗勢力こそが源氏だったのである。

 日本社会をこのように「グローバル化派」と「反グローバル化派」に分け、両者の熾烈な争いこそが、日本の歴史を形作ってきたと考えるのが與那覇史観である。そして、與那覇は世界志向という意味で、グローバル化を「中国化」という異名でも呼んでいる。本書のタイトルである『中国化する日本』はそうした意味であって、決して日本が中国の属国になってしまうとか、日本文化が中国化してしまうといったものではない。

 中国化派と反中国化派の戦いは、源平合戦以降も続いていく。平家の次に日本を中国化させようとしたのは、後醍醐天皇である。後醍醐天皇は宋朝の皇帝専制を日本に導入しようとするが、平氏が源氏に阻まれたのと同様に、反中国化派の代表である足利尊氏によって吉野へと追放されてしまう。源平合戦に続き、日本をグローバル化させようとする勢力は、またしても敗れ去ってしまったのである。

 その後も散発的に日本を中国化しようとする試みはあるものの、ほとんどの場合、それは潰えてしまった。そして、日本は反中国化の極みともいえる、独自の江戸時代へと突入していくのだ。

 このように日本史を中国化派と反中国化派の戦いの歴史と読み解く與那覇の解釈は、極めてユニークなものである。だが、それは決して彼の独創ということではなく、最新の歴史学の研究成果に裏打ちされたものであるということは、本書に付された出典を見ればわかるだろう。中国が存在感を増している昨今、こうした形で日本と中国の歴史を見直してみることは、たいへん有意義なことと思われる。記述は極めて平易で、歴史学の初心者にもおすすめできる一冊だ。

連載第2回/全30回(2020.10.12)
ジャンル:自然科学
『感染症と文明』山本太郎著/岩波書店

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の拡大が、世界で問題になっている。これまでにも、新型インフルエンザやSARSといった感染症が世間を騒がせてきたことはあったが、今回のCOVID-19はその感染力も強く、世界経済が深刻なダメージを受けるほどの事態となっている。

 このような事態を受け、世間では感染症に対する関心がこれまでになく高まっている。本書の著者の山本は感染症の専門家。アフリカ、ハイチなどで感染症対策に従事した経験もある上、歴史にも造詣が深いため、人類と感染症の歴史を解説するのにうってつけの人物だ。

 狩猟採集時代の人類は、いたって健康であった。運動量が多いため、現代人のように生活習慣病にかかることもなく、化学物質もほとんど存在しないため、がんなどになることも少なかった。また、頻繁に移動するため、重病人は置き去りにしていたことも、共同体内に感染症が蔓延することを防いでいたという。

 人類にとって感染症が脅威となったのは、移動社会(狩猟採集社会)から、定住社会となったためである。農耕の開始によって、飛躍的に人口が増大した定住社会では、共同体の規模も大きくなっていった。メソポタミア、中国、インド亜大陸といった古代文明発祥の地において、人類の間に初めて麻疹や天然痘、百日咳といった感染症が定着していったのである。

 山本の分析の興味深い点は、これらの感染症が、人類にとって必ずしもネガティブな意味だけをもっていたのではないと指摘するところにある。感染症に恒常的に見舞われる社会は、それによって人口の何割かを失うが、集団が免疫を獲得する。そうして獲得された集団免疫が、免疫を持たない外部の異民族から攻撃された際に、ある種のバリアーの役割を果たすというのである。私たちは感染症というと、即悪いものであると考えてしまいがちだが、社会にとっては有用なケースもあり得るという指摘は興味深い。

 歴史上、同じようなケースは他にもあった。ペストは元々中国に起源を持つ病気だが、モンゴル帝国がユーラシア大陸を統一した頃、その交通網を介してヨーロッパ全土に広まり、ヨーロッパ全人口の三分の一近くの人々が亡くなったと言われている。

 これほど大量の人口が一気に失われれば、当然社会、経済的な構造も変化を余儀なくされる。極端な人手不足に陥ったため、労働者の賃金が急上昇したのである。その結果、経済的な余裕を持った市民も生まれ、その中から新しい思想や文化が生まれていった。旧体制の象徴だった教会の権威は相対的に低下し、そこからやがてイタリアを中心としたルネサンスがヨーロッパ社会に広まっていったのである。

 感染症は文化だけでなく、科学の発展にも大きな影響を与えた。1665年から66年にかけて、イギリスでペストが大流行した。ロンドンの死者は10万人を越え、COVID-19が流行している現代と同様に、大学は閉鎖された。その頃、閉鎖されたケンブリッジ大学に通っていたのがアイザック・ニュートンである。ペストから逃れ故郷に疎開していたニュートンは、18ヶ月間の自由になった時間を活用し、微分積分や万有引力の法則といった歴史に残る業績を挙げたのである。

 本書の末尾で山本は感染症の根絶は現実的ではなく、むしろ感染症と人類の共生といった発想が必要であると説く。現代でも、ウィズコロナという言葉で、COVID-19との共存・共生がしばしば語られる。COVID-19の感染拡大によって暗くなりがちな昨今ではあるが、かつてのペスト禍にあっても逞しく生きたニュートンたちに学びつつ、前向きに生きていきたいものである。

連載第1回/全30回(2020.10.12)
ジャンル:社会
『白人ナショナリズム』渡辺靖著/中央公論新社

 2020年5月、アメリカのミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドが、白人警官に約9分間にもわたり頸部を圧迫し続けられ、窒息死させられるという事件が起こった。アメリカではこれまでにも白人警官による黒人への理由なき暴力が多発しており、これに抗議したBlack Lives Matter(「黒人の命も大切」という意味)の運動が、現在全米で大きな盛り上がりをみせている。

 リンカーンによる奴隷解放宣言は、1862年のことである。それから160年近く経とうとする現在、なぜ今もなお黒人への差別は残っているのだろうか。本書は、そうしたアメリカにおける有色人種や少数民族への差別の背景を、詳細に解説したものである。

 皮肉なことに、黒人に対する排外運動は、リンカーンによる奴隷解放宣言の直後に最初の大きな盛り上がりをみせた。排外主義団体である、KKK(クー・クラックス・クラン)の結成がその嚆矢である。KKKは、南北戦争で敗れた旧南部連合の有力者を中心に、テネシー州で結成された。初期のKKKは解放された黒人奴隷や、彼らを擁護する白人を攻撃の対象としていたが、その隆盛は長くは続かなかった。

 KKKが下火になったのは、アメリカ人が差別を悔いたからだろうか? 残念ながら、そうではなかった。ジム・クロウ法と総称される、白人と黒人を人種隔離する法律が施行されたことが、KKKの活動が退潮した理由である。ジム・クロウ法には、電車やバスなどの公共交通機関やレストランなどにおいて、白人と黒人を隔離することが含まれていた。言うなれば、差別が制度化されることによって、より過激なKKKの活動が終息していったのである。

 こうして一旦は社会から消え去ったKKKだが、40年ほど後に意外な形で復活を遂げる。きっかけは、D・W・グリフィス監督による一本の映画だった。『国民の創生』と名付けられたその映画は、KKKを悪の黒人を懲らしめるヒーローとして描いた。そして、映画に影響を受けた多くの人々がKKKの活動にのめり込んでいくこととなる。

 荒唐無稽なKKKの世界観に心酔したのは、粗野で無学な人たちばかりではない。日米戦争当時の大統領だったハリー・トルーマンや、連邦最高裁判事といった名士にも、KKKのメンバーは多くいた。

 アメリカに蔓延する差別主義は、日本人にも影響を与えた。1920年代になると排日移民法が施行されたが、この法律の制定に大きな影響を与えた法律家であるマディソン・グラントは優生学者であり、その著書はアドルフ・ヒトラーによって絶賛されている。当時のアメリカにはそれほど、レイシズムが根付いていたのである。

 このようにアメリカの歴史そのものが差別の歴史であると言っても過言ではないほど、差別の根は深い。なぜ、これほど人は差別に心惹かれるのだろうか? 本書の著者である渡辺は、その原因を陰謀論的世界観にみる。

 一般に黒人差別の団体とみなされがちなKKKだが、実際には攻撃の対象は黒人だけでなくユダヤ人も含まれる。ユダヤ人が世界の金融市場やアメリカ政府を牛耳っており、影から操っているというのが彼らの主張である。

 こうした陰謀論的世界観は、決して対岸の火事ではない。TwitterやFacebookといったSNSを見てみれば、さまざまな形の陰謀論が巷にあふれていることがわかるだろう。そして、その典型的なものは、特定の民族や集団が世界を牛耳っているというものであり、それらに対する被害者意識から、憎悪をぶつけているものが数多くみられる。

 そうした陰謀論に惑わされないようにするためにも、アメリカの差別の歴史を知ることは有益だ。本書はそのようなアメリカの闇の歴史を知るための、格好の入門書と言えるだろう。

  • ܂͖•ʑk
トフルゼミナール
(c)2021 TS-Planning Co.,Ltd. All rights reserved.